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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
裳華房 編集子の“私の本棚”

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第52回 あの頃の憧れを再発見する

沢村慎太朗 著『スーパーカー誕生』(文春文庫)

『スーパーカー誕生』  いまや齢五十前後.ブームの中でスーパーカーに胸ときめかせた,かつての男のコたちに向けたいと思う.
 これはスーパーカーの開発物語であり,同時に(したがってまた,ともいえる)エンジニアリングへの示唆に富む一冊である.
 本書では,スーパーカーを「1960年代に産声を上げ,その後,現在まで連綿と系譜が続く高性能ミドシップ市販車たち」と規定する.そうして取り上げられたのは,以下のようなクルマたちだ.

ランボルギーニ・ミウラ/デ・トマゾ・マングスタ/ディーノ・206gt/ランボルギーニ・ウラッコ/マセラティ・ボーラ/マセラティ・メラク/デ・トマゾ・パンテーラ/メルセデス・ベンツ・C111/ランボルギーニ・カウンタックLP400/フェラーリ・365GT/4BB/ランチア・ストラトス/ポルシェ・930ターボ/フェラーリ・308GTB/BMW・M1/フェラーリ・GTO/フェラーリ・F40/ホンダ・NSX/フェラーリ・348tb/ランボルギーニ・ディアブロ/ブガッティ・EB110 などなど

 これらは(上の規定のとおり)いずれも市販車,すなわち商品である.その市販車,商品であるがゆえにクリアされなければならないさまざまな問題が存在し,その落としどころを技術者たちがいかに見出していったか――かつてとはまったくちがった視点からスーパーカーを,そしてそのエンジニアリングを知ることができるのである.
 たとえば,見る者の度肝を抜くカウンタックの「ガルウイング・ドア」.
 あれは,じつは乗降性向上のためだったという.
 つまり,こうだ.
 ミドシップ車においてホイルベースを詰めるためには,いかに乗員を前へ座らせるかが最大のポイントになる.このためカウンタックでは,ドライバーは,その両足が前輪の間に深く入り込むまで前進させられ,そしてペダルを踏み切ったときのドライバーの爪先は,前輪中心よりもさらに前方へ達するようになっている.ここまで足先が奥深くもぐっていると通常の横開きスタイルのドアでは,脚の出し入れに苦労するだろうことは容易に想像できよう.そこで,ドア開口部がぽっかりと大きく開くあのデザインになったというわけだ.
 またミウラの流麗なスタイリングは,ロングホイールベースあってのものといえるが,それは前後の重量配分よりも,市販車ゆえの居住空間の広さを優先してのことだったという.つまり純粋に「走る」ということに対しては負であることを承知しながらも採用せざるを得なかったディメンションが,結果として,このうえなく美しいミウラのプロポーションを生んだのである.
 それにしても,こうした不可避的なネガを,まったく自然なかたちでポジティブなものへと転化させていくエンジニアリングに抗いがたい魅力を感じてしまうのはなぜだろうか.現場に居ない者のお気楽さゆえだろうか.
 なお本書ではもちろん,フェラーリについても語られる.ただそこではエンジニアリングではなくむしろ,エンツォの優れた商品企画力に感銘を受けた,というのが正直なところである.エンツォはやはり,偉大である. (編集者Z)

【今回ご紹介した書籍】
『スーパーカー誕生』
  沢村慎太朗 著/文庫判/672頁/定価1408円(本体1280円+税10%)/2015年11月刊行
  文藝春秋/ISBN 978-4-16-790498-2
  https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167904982

  ※本書は「松浦晋也の“読書ノート”」第33回でもご紹介しています.


「裳華房 編集子の“私の本棚”」 Copyright(c) 裳華房,2017
Shokabo-News No. 341(2017-12)に掲載 



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