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「生物の科学 遺伝」2005年11月号(59巻6号)

特集:音声コミュニケーション −その進化と神経機構−

特集にあたって

岡ノ谷一夫

 近年,動物コミュニケーションの研究は2つの側面から進展している.いっぽうは,コミュニケーションの適応的意義と進化を考える方向(行動生態学),他方はコミュニケーションの神経機構を考える方向(神経行動学)である.前者を究極要因の研究,後者を至近要因の研究と言い換えることもできよう.この特集では,この2つの方向性を生産的に統合して成果をあげつつある分野についていくつか解説する.この特集は,至近要因または究極要因のどちらかのみに偏らず,包括的に行動を理解する視点を読者に与えるであろう.

 このような融合がもっとも成果をおさめてきたのが鳥の歌を対象とした研究である.鳥の歌の科学的研究は1960年代に動物行動学研究としてはじまり,1970年代になると神経行動学的な手法がとられはじめ,脳と行動の対応が理解されるようになった.80年代には,歌の諸特性と繁殖成功度とを対応させようとする行動生態学的研究が盛んになり,90年代に入ると繁殖成功に関連する脳特性にまで踏み入った研究がはじまった.第一部では,このような流れをふまえた研究を紹介する.相馬は歌学習のそもそもの起源について,奥村は鳥の脳と哺乳類の脳の相同性について解説する.これら2つの論文を前提にして,高橋・戸張は学習を規定する生得的要因について行動学・解剖学から考察し,関・西川は生理学から考察する.

 もちろん,鳥の歌研究以外の分野でも至近要因と究極要因の融合が進んでいる.第二部では,昆虫から哺乳類まで,さまざなな研究成果を紹介する.都丸と本田(角)は,それぞれショウジョウバエとコオロギを対象に,求愛歌の神経機構から種分化に至るまでを解説する.森阪と力丸はそれぞれ,ハクジラ亜目とコウモリの反響定位音を対象に,神経機構と進化過程を考察する.これらの動物はコミュニケーション研究ではよく知られているが,ゾウが思いもかけない複雑なコミュニケーションを行っていること,高い認知機構をもつことが最近わかってきた.入江・本田はこうした知見を紹介する.

 第三部では,動物コミュニケーションと心,言語の問題にまで踏み込んでゆく.扁桃核とよばれる脳部位は,人間の社会性の発現に必須であることがよく知られているが,これと相同な部位が鳥にもあり,鳥の社会性の維持やつがい形成に必要なことがわかってきた.池渕はこれらのデータを総括する.コミュニケーションとは他者を影響しあう過程である.他者の内的状態について仮説をもって行動することを「心の理論」を持つという.また,他者がある行動をとっているのを観察する際に反応するニューロンがあり,これをミラーニューロンという.山崎は心の理論とミラーニューロンの関係について考察する.最後に岡ノ谷は,動物のコミュニケーション研究からヒトの言語の発生がどう理解できるのかを概観する.

 コミュニケーションの生物学的研究は,生物学のさまざまな分野の知見と技術,あたらしい概念構成を取り入れ,大きく展開しようとしている.この特集をとおしてそうした流れに触れ,この分野のおもしろさをひとりでも多くの人に理解してもらえたらうれしいと思う.

(おかのや かずお,理化学研究所 脳科学総合研究センター)

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