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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
裳華房の“古書”探訪(29)

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田原正人 著『一般生物学』[初版:昭和6年]

 今回ご紹介するのは昭和6年(1931)刊行の田原正人著『一般生物学』です。確認できる範囲で裳華房で最初に刊行された基礎生物学の教科書になります。
 それまで植物学や淡水生物学など特定の生物群に関するものは発刊しておりましたが[*1]、生物学の大要を1冊に(コンパクトに)まとめた成書は、弊社に限らず他社においてもあまりなかったようです[*2]。
 「序言」によれば、本書は(旧制)高等学校の文科の学生を念頭に執筆されたものです。

 本書を紐解いて最初に感じたのは、当時としては図版や写真の多い本ということです。正確ではありませんが、大ざっぱに平均すれば見開きに1図以上掲載されています。

 全体の構成(目次)は以下の通りです(旧字は新字に修正)。

第一篇 序説
 細胞/細胞分裂・核分裂/生物の系統と分類
第二篇 植物界
 藻類/菌類/バクテリア/蘚苔植物と羊歯植物/顕花植物/根・茎・葉
第三篇 動物界
 原生動物/海綿動物・腔腸動物・蠕形動物/節足動物・軟体動物・棘皮動物・被嚢動物/脊椎動物/動物の胚発生
第四篇 生活現象
 生物体の組成分/浸透圧/栄養/同化作用/成長と運動/呼吸/再生・移植・接木/調節作用/神経系/感覚器/生殖/寿命
第五篇 遺伝
 遺伝質/メンデルの法則/両性雑種・多性雑種/連関/性/変異・細胞質遺伝/人間に於ける遺伝
第六篇 進化
 進化論と古生物学/現在の生物に見る進化の証拠/進化の説明

 当たり前ですが、現在の教科書とはかなり異なっていることがわかります。
 全体の約3分の1が分類(現在の教科書では「多様性」)に当てられていたり、「遺伝子と遺伝情報」「生態系と環境」など1900年代半ば以降に大きく進展した項目が(当然ながら)ありません。
 個人的には、昭和初期のこの時代、生化学的な知見はほとんど得られていなかったことに少し意外な感を受けました(生化学の歴史が頭に入っていないだけではありますが)。例えば、同化作用の章では、

炭酸瓦斯の如き簡単なものが如何なる順序を経て含水炭素の如き複雑なものにまで変わっていくのかということは,すこぶる興味のあることであるが,現今に於いてもまだ十分に判明しておらぬ.
例えば植物は根から窒素の栄養分として硝酸イオンを摂取するけれども,これが如何なる場所に於いて,如何なる順序を経て蛋白質の如き複雑なものに合成されていくのかということは,今日なおよく判っておらぬ.

等と著者は述べています(ちなみに光合成のカルビン・ベンソン回路の確立は1954年)。
 一方、例えば「ゾウリムシの接合」や「ヒトの眼球と網膜の構造」など、ほとんど現在の教科書と変わらない(と思われる)図も多数あります。
 その意味で、本書を一読することで(逆説的ですが)ここ1世紀間の生物学の発展がおおよそ理解できるのではないかと思います。

 著者の田原正人は明治17年(1884)生まれ。明治41年に東京帝国大学理科大学植物学科を卒業した後、同大副手、第八高等学校教諭を経て、大正10年の東北帝国大学理学部生物学教室設立に際して助教授として就任し、大正12年に同大教授。昭和21年(1946)の定年退官後は1954年まで横浜市立大学の教授を務めました。昭和44年(1969)逝去。
 植物の染色体や胚発生の研究が専門で、とくにキク属の染色体の倍数性の発見で知られており、裳華房からは『植物形態学汎論』(大正15年)、『一般植物学』(昭和4年)などの著書を刊行しています。

 なお本書は、国立国会図書館のデジタルコレクションで一般公開されています(館内閲覧限定,一部ページの脱落あり)。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1170298


[脚注]

 *1 生物学の概論的な書籍として、裳華房から本書以前に、大正8年(1919)谷津直秀著『生物學講義』が刊行されていますが、これは小学校の校長先生を対象とした講義をまとめたもので、著者の谷津氏が「寧ろ生物學の中で人 生に密接な關係のある一般的な事項を極めて簡易に書いたに過ぎない」と自序で述べている通り、生物学の全般に渡って論述されたものではないため、ここでは生物学教科書に含めていません。なお『生物學講義』も、国立国会図書館のデジタルコレクションで全文が公開されています。
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/960341

 *2 本書の「序言」には次のようにあります(漢字・仮名遣い等は修正)。
   高等学校に文科・理科の二つが設けられ、文科の学生には、その初年級に
   於いて、自然科学の一部として生物学の大要を授けるような制度ができて
   から、すでに大分の年月を経てきているが、私の知っているところでは、
   まだこの方面の手頃な教科書風のものはほとんどできておらぬようである。


『一般生物学』[初版 昭和6年]
    田原正人著/菊判/232頁/裳華房


☆記述の誤りなど,お気づきの点がありましたら m-list@shokabo.co.jp まで御連絡ください.


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