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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
鹿野 司の“読書ノート”

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第13回 日常系×非日常ミステリーが描くマイノリティへの視座

ゆうきまさみ 著『白暮のクロニクル 1〜3』(小学館)

 『鉄腕バーディー』で作品協力をしたこともある仲ではあるが、ゆうきまさみはオレが心から好きな物語作家の一人だ。
 最新作の『白暮のクロニクル』を読んで、その思いを新たにすることができた。現在、1〜3巻が出版されている。
 ゆうきまさみ作品の大きな魅力は、人物描写のすばらしさにある。中でも、相応の人生の深みを持った、「平凡な人」が描けることは特筆して良いと思う。
 人間なら誰でも、何十年も生きていれば、多かれ少なかれ、自力ではどうにもならず人生を変えざるを得ない体験をしたり、あの時こうしていればという、後悔の念を持つ出来事を経験しているはずだ。
 世にある多くの作品は、物語を面白くするために、そういう過去の理不尽な出来事から、エキセントリックな方向にドラマを展開したり、キャラクタを作ることが多い。
 しかし、ゆうきまさみの描く人物は、そういう過去を抱えながら、今を懸命に、真面目に生きようとする。社会の理不尽さを知りながら、かといって軽々に他者を悪者にしない。
 それこそが「大人」と言って良いと思うのだが、わずかな言葉の端々からそれがしっかりと伝わる、こういうバランスで人物が描写できる作家は、なかなか珍しいと思う。
 『白暮のクロニクル』は、「オキナガ」と称される長命者たちの存在する世界の物語だ。
 彼らは病気にも罹らず、重傷を負っても死ぬこともなく、何百年にもわたって老いることもない。ただ、不死というわけではなく、心臓をつぶされたり、直射日光に長時間さらされると命を失う。
 主人公の伏木あかりは、オキナガたちの管理を行う「夜間衛生管理局」に配属されたての新米公務員だ。この夜間衛生管理局とは、厚生労働省管轄の社会福祉士のような役割を担う部門で、物語はオキナガに対する殺人事件をめぐるミステリーとしてはじまる。巻が進むほど、ぐいぐい引き込まれる面白さだ。
 オキナガは、人口1000人あたり1人程度の稀な存在だ。平均的な一般人の認識では、そういえば聞いたことはあるなくらいの、ぼんやりとしたものでしかない。
 オキナガたちの実体は、体が特別丈夫だが昼間は活動できないというだけの、ごく普通の人たちに過ぎないのだが、彼らはマイノリティであることで、社会での生きづらさを被っている。昼間の職につけず、夜間しか行動しないことから近所から不審者扱いを受けたり、吸血鬼のように人に害を為すとあらぬ噂を流されたり。
 この社会にある問題の非常に多くが、つきつめればマイノリティ問題ではないだろうか。
 脳性麻痺の小児科医、熊谷晋一郎さんは「健常者が他人の助けを借りずに生活できているのは、多数派にあわせて設計された社会システムのおかげです」という。
 それは全くその通りで、たとえば仮に、明暗も解らない完全な盲人のためだけに設計された町があったとしよう。その町には、点字ブロックや音声案内など、盲人の活動をしやすくする設備は何重にも完備されるはずだ。
 しかし、目で見る標識も看板も存在しないだろうし、室内には明かりはなく真っ暗だろう。その町に晴眼者が紛れ込んだら、間違いなく不自由を感じるはずだ。
 つまり、今の社会で晴眼者が苦労少なく暮らせるのは、町の設計や公的な制度がマジョリティにあわせているからにすぎない。
 これは、身体障害だけでなく、発達障害や知能障害、ジェンダー問題など、本質的にあらゆるマイノリティ問題にいえることだ。
 そして、我々は誰でも、何らかのマイノリティになり得るし、すでにそうなのかもしれない。人生とは極めて理不尽なものだから、今、健康で何不自由ない人でも、突然の事故に巻き込まれて、それまでのマジョリティ向けの環境、マジョリティ向けの制度ではうまく暮らせなくなることはいくらでもある。
 いわゆる自己責任論みたいなものは、そのときたまたま偶然マジョリティに属している人が、マイノリティについて無知であり、深く想像力を働かせていないことからくるものだ。
 私とあなたたち少数派は違う存在で、あなたたちは社会にとって迷惑だ、という形の思考に陥ると、この世は地獄となる。
 いま世界で起きている、解決のめどが立たない根深い紛争の多くが、分割して統治という方法で、もとは同じ民族が人為的に分けられ、対立構造が作られた歴史からきている。
 日本でも、たとえば、生活保護世帯は最低賃金労働者よりも高い援助を得ているというような、不完全で間違った情報をばらまき、対立構造を煽る政治家やメディアが存在する。
 『白暮のクロニクル』の社会も、オキナガというマイノリティたちへの無理解が、社会的な対立構造へと発展しかねない、危うい状況が訪れつつある。
 しかし、鴨居におでこをぶつけるくらい身長の高い主人公のあかりや、その上司で頭は薄いが最高のイケメン久保園(つまり彼らも何らかの偏見を受ける側)たちは、私とあなたに違いはないという意識下の信念に導かれながら、そういった対立構造ではない道を模索していくのだろう。
 マイノリティはマイノリティであるがゆえに、必然的に情報は不足するし、社会の資源は有限なので、全てのマイノリティが不自由なく暮らせる社会を作るのも困難ではある。
 我々はそういう世界に生きるしかないけれど、だからといってそれを放置して良いわけではないし、所詮世の中こんなものだと諦めたりもすべきでない。
 『白暮のクロニクル』の登場人物たちの振る舞いは、今この世を生きる我々にとっても、共感の持てるものではないかと思う。

 

◆『白暮のクロニクル1〜3
  ゆうきまさみ 著/B6判/各208頁/各 定価605円(本体550円+税)/2014年1月〜7月発行/
  小学館(ビッグコミックスピリッツ)/1巻 ISBN 9784091858474/2巻 ISBN9784091861641/
  3巻 ISBN 9784091862891
  http://www.shogakukan.co.jp/comics/detail/_isbn_9784091858474
  http://www.shogakukan.co.jp/comics/detail/_isbn_9784091861641
  http://www.shogakukan.co.jp/comics/detail/_isbn_9784091862891

「鹿野 司の“読書ノート”」 Copyright(c) 鹿野 司,2014
Shokabo-News No. 302(2014-8)に掲載 


鹿野 司(しかのつかさ)さんのプロフィール】 
サイエンスライター.1959年愛知県出身.「SFマガジン」等でコラムを連載中.主著に『サはサイエンスのサ』(早川書房),『巨大ロボット誕生』(秀和システム),『教養』(小松左京・高千穂遙と共著,徳間書店)などがある.ブログ「くねくね科学探検日記


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