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「生物の科学 遺伝」 2002年7月号(56巻4号)

→ 特集 II 光合成の進化 −植物の進化の原点に迫る


特集 I 体験から学ぶ理科総合B −生命と地球の移り変わりを観察する

特集にあたって

田幡憲一・大路樹生

 は じ め に

 来年度から,新たな高等学校学習指導要領(以下新学習指導要領)が実施されます.
 理科の科目として,表1の通り,理科基礎,理科総合A,理科総合B,物理 I ,物理 II ,化学 I ,化学 II ,生物 I ,生物 II ,地学 II ,地学 II の11の科目が設置されています.
 このうち,生命と地球の相互作用を大きなテーマとして生物,地学分野の学習を進める理科総合Bは,科学史を軸にとした取扱いをする理科基礎や,エネルギーと物質をテーマとして物理,化学分野の学習を進める理科総合Aと共に,これまでになかった内容が含まれた理科の科目です.
 本誌では昨年(55巻3号),理科基礎の生物分野の学習にかかわる特集を組みました.
 本号では,やはり生物教育に関係の深い科目である,理科総合Bについて考えてみたいと思います.

1.理科総合Bの内容と性質

 新学習指導要領に示された理科総合Bの内容を表2に示しました.
 生物教育の立場からすれば,理科総合Bは進化,遺伝,生態系,環境という内容を地学分野と関連させて学習する科目ということになります.
 中学校や小学校では,今年度から新たな学習指導要領が実施されています.総合的な学習の時間や学校週5日制の導入により,既存の教科の内容は削減されたり,小学校から中学校へあるいは中学校から高等学校へなど,上級の学校へ移行したりしています.これまで中学校で学習されていた遺伝や進化の学習内容も,高等学校へ移行されました.いっぽう,現 高等学校学習指導要領における科目である生物 I Bで取り扱われている生態系に関する内容は,新学習指導要領における生物 I では取り扱われず,生物 II に移行します.
 したがって,生物教育の立場からすれば,理科総合Bは,中学校から消えた内容と生物 II から消えた内容を集めて,生物 I を補完する科目と考えることもできます.
 また,それぞれ2単位の理科総合Aと理科総合Bを両方とも履修すれば,前学習指導要領(1978年改訂)で実施され,現 学習指導要領(1989年改訂)で抹消された理科 I (4単位)のように,物理,化学,生物,地学のすべての分野を一応学習することができる,という意味もあるでしょう.
 けれども,理科総合Bにはまた異なる解題の方法もあるように思います.

2.理科総合Bを解題する

 植物の葉に光が当たると,エネルギーを収集した葉緑体で光化学反応が起こり,水と,大気から吸収した二酸化炭素から有機物を合成し,酸素を大気に放出します.この過程を解析するには,さまざまな科学のさまざまな分野の知識や技術の集積が必要です.自然現象が物理,化学,生物,地学分野に分かれて発現するわけではないのですから,当たり前と言えば当たり前のことです.
 考えるべき課題が明確になると,しばしば特定の理科の分野だけで取り扱うことは不自然になり,総合的に取り扱うことが自然になります.理科総合Bの特徴は,地球と生命の過去,現在,未来を,主に生物や地学の角度から総合的に取り扱うところにあると言っていいでしょう.本来,物理や化学の分野で学習される内容がもっと盛り込まれたほうが,その性質を際だたせることができる科目なのかもしれません.
 本特集では,このような問題意識のもと,生命と地球の移り変わりを総合的に学習する教材や,授業のヒントをご執筆いただきます.

3.特集の構成

 自噴する温泉の湧きだし口には,ラン藻(シアノバクテリア)など細菌が層となったバイオマットが形成されています.「汚れ」などと見過ごしがちな光景ですが,まだまだ熱かった30億年以上前の地球を彷彿(ほうふつ)させる風景でもあります.福井 学 氏と松浦克美 氏には,温泉に太古の生物のなりわいを探る観察を解説していただきます.
 やがて,光合成を行うラン藻が放出した酸素が,海中の二価の鉄イオンを酸化して,縞状鉄鋼層を作った…….わかりやすいストーリーではありますが,そう簡単に結論づけることはできないようです.加藤泰浩 氏には,縞状鉄鉱層の成因が実は地球内部のダイナミクスと深いかかわわりをもつこと,また,生物との相互作用を考えるうえではどのような情報が必要なのかを論じていただきます.
 細胞内共生説によれば,ラン藻が葉緑体の起源となり,好気性細菌がミトコンドリアの起源となったとされています.それでは,葉緑体やミトコンドリアも細胞と同様に分裂するのでしょうか.黒岩常祥 氏には,葉緑体やミトコンドリアの分裂を観察する方法を解説していただきます.
 異なる生物が共生して一つの生物となることは,現存する生物でも観察することが可能です.近 芳明 氏には,菌類と藻類が共生して独自のからだをつくる地衣類の観察について,解説していただきます.
 単細胞生物がたくさん集まって,多細胞生物になったと考えられています.ボルボックスの細胞群体を観察しながら考えてみましょう.永田洋一 氏,芳形浩道 氏,池田秀雄 氏には,ボルボックスが無性生殖で群体を増殖させる様子や,有性生殖を誘導する方法について解説していただきます.
 過去6億年にわたる化石の記録をひもといていくと,生物進化のパターンは決して一様ではなく,その中は新たなグループの急速な出現と大量絶滅という「大事件」で区切られていることがわかります.このような大きな変化はどのような原因で起こったのでしょうか.大野照文 氏には,最新の学説を含めて解説をしていただきます.
 理科総合Bでは「人間の活動と地球環境の変化」も学習することになっています.約40億年の生命と地球の相互作用に思いを馳せ,現在の私たちのあり方と未来の地球を考える……言い換えれば,環境問題を地球史と生命史の中で考えるカリキュラムです.
 私たちが編んだ特集が,生徒の自然観や生命観を育成し,環境を考える助けとなれば幸いです.

(たばた けんいち,宮城教育大学 理科教育;おおじ たつお,東京大学大学院理学系研究科 地質学専攻)

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特集 II 光合成の進化 −植物の進化の原点に迫る

特集にあたって

三室 守

 近年,地球上での生命の誕生や進化に関する知識が急速に増えつつある.それらの情報から,光合成細菌が誕生したのは 35 億年前に遡ることが明らかになってきた.光エネルギ−を使って自らの生計を立てる生物の誕生である.エネルギー変換系を作りあげていく機構は明解にはなっていないが,光合成生物が誕生していなかったならば,地球上の生物相は単純であったことは容易に想像できる.

 二つのグループの光合成細菌から,両方の性質を併せもつシアノバクテリア(ラン藻,藍色細菌ともいう)が誕生して,電子の供給源として水を使い始め,分子状酸素を大気中に供給するようになり,生物の進化は酸素呼吸へと大きく転換した.これが細胞の大型化,多細胞化への原動力となり,生物相を一変させる契機となった.反応機構の点からは,この水の分解は光合成の中できわめて大きな転換点であり,その不連続な性質を獲得した機構を解明することが重要な課題となった.シアノバクテリアの誕生過程が光合成生物の進化の中で最も不思議な現象として理解されるようになってきた(本特集 三室の項を参照).

 シアノバクテリアは真核生物に共生することによって葉緑体となり,いわゆる藻類(紅藻や緑藻)が誕生した.葉緑体になるには,核と葉緑体の間での遺伝子の配分や遺伝子発現機構を獲得することが必要であった(小保方の項を参照).

 また,藻類は他の真核生物に共生をすることで宿主を「植物化」させ,異なる種類の藻類を誕生させた(井上の項を参照).緑藻の一部は陸上へ進出し,鮮苔類,陸上植物が出現した.陸上化にあたっては,植物体の体制や光環境への応答など,水中とは異なる性質を獲得することが必要であった.

 こうした光合成系の変化は,植物の進化や多様化への原動力であり,植物の進化の原点ということができる.このことが近年の光合成研究の一つのトピックスになっている.これらの点を議論するために,2000 年 10 月には東京大学駒場キャンパスでシンポジウムが開催され,また 2001 年 9 月には日本植物学会のシンポジウムで討論がなされた.この特集は後者のシンポジウムでの発表や討論を基に構成されている.

 討論の中から新しい方向性が示された.それは,進化を実験的に検証しようとする試みである.記述を中心とした静的な検証を基にして,実験によって実際に起こったと考えられる過程を再現して,その結果として起こる細胞内での変化を観測し,進化の道筋を考察する取組みである(田中の項を参照).どんなにすばらしい反応系でも,その導入が細胞死を引き起こしては意味がない.既存の細胞は新しい反応系と折り合いをつけながら変化を蓄積していったと考えられる.この過程を実験的に再現し,途中の段階で生物が獲得した性質を考察することである.

 光合成反応系の解析は多くの反応成分の結晶構造が解明されるところまで至り,原子レベルでの機能の解明が進められている.そのときに,進化という時間軸を導入することで,さらに深い意味での理解へ到達する道が開けつつある.光合成の解明が植物の機能の解明の原動力となり,植物の進化を明らかにすることができたとすれば,この特集を組み,議論することの意義が大きいといえよう.

(みむろ まもる,京都大学大学院 地球環境学堂)

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