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「生物の科学 遺伝」 2002年9月号(56巻5号)

→ 特集 II 地理情報システム:GIS −生態系保全への新しいアプローチ


特集 I 特集 三宅島の自然は いま

特集にあたって

樋口広芳

 2000年の6月26日夕刻,三宅島北部の神着.私は島の知人と食事をしながら,島の鳥や自然について語り合っていた.突然,テレビの画面の片隅に,「三宅島で噴火のおそれあり」という警告文が流れた.私たちはびっくりした.身のまわりでは何も起きていなかったからだ.番組は民放だったので,NHKに変えてみたが,そこでは何の警告も流れていなかった.
 知人の一人が村役場に連絡して,真偽のほどを確かめた.「噴火のおそれあり」は真実だった.島の南部では,すでに火山性の地震が頻発しているのだという.知人らは対策にあたる消防団などに加わるために,建物から飛び出していった.その後,2,3時間経ってから,北部でも地震が頻発し始めた.下から突き上げるような地震が分単位でやってくる.深夜になってからも地震はおさまる気配がない.家の中にいたのでは,いつ天井が落ちてくるかわからない.仕方なく外に出て,段ボールを広げて寝る準備をした.が,突き上げてくる振動で,とても眠れる状態ではない.
 こうして私は,2000年噴火の前兆を経験した.今でも,あの突き上げる地面の感触を忘れない.実際の噴火は7月8日に始まり,大規模な噴火が8月まで続いた.そしてその後も,大量の火山ガスの噴出が2002年7月現在まで続いている.2000年9月上旬以降,島民はすべて,島外への避難を余儀なくされている.

 今回の2000年噴火は,いくつかの点でこれまでの噴火とは異なっている.過去500年ほどの間に起きた噴火では,主に山腹に割れ目が入り,溶岩を噴出する割れ目噴火や,溶岩の一部が海岸付近の地下水に触れて生じるマグマ水蒸気爆発であった.噴出する火山灰は,黒色や暗褐色をした小粒状のスコリアであり,マグマ水蒸気爆発は,局所的ではあるが大きな破壊力によって新澪池などを消滅させた.これらの噴火は,地下からのマグマの供給により約20年周期で発生し,地震が多発してから噴火開始まで2時間ほどであった.また,噴火−火山活動そのものは,1〜2日で終息することが多かった.
 今回の噴火は山頂部で発生し,中央火口が大きく陥没した.陥没火口は直径1.6 km,深さ500 mにも達している.同時に,粒子の細かい灰褐色の火山灰が大量に噴出し,低温火砕流も発生した.地震の頻発開始から実際の噴火までは12日,大規模な噴火が2カ月間にわたって何度も発生した.頻発地震は3カ月近く続いた.二酸化硫黄を中心とした火山ガスは,2年近くにわたって大量に放出されている.放出量は1日あたり2〜4万トン,少ない日でも5000〜10000トンほどに及んでいる.こうした規模の大きさから,今回の噴火は2000〜3000年に一度のものと考えられている.
 噴火の規模が大きく,関連の火山活動が長期にわたっていることから,島の動植物の世界に多大な影響が及んでいると考えられる.2001年の2月以降,東京大学,筑波大学,国立科学博物館,森林総合研究所,日本野鳥の会,東京都環境局などによって,噴火が動植物に与える影響が調べられている.私はその中心メンバーの一人である.島に渡れる機会が限られているため,まだ決して充分な結果が得られているわけではないが,影響の概要はつかめている.

 本特集では,これまでに得られた結果の中から,
  1)植生
  2)鳥類への影響
  3)今回の噴火の特徴と人間社会への影響
の三つに焦点をあてて紹介する.植生は自然環境の土台をなすものであり,動物のすみ場所と食物の供給源になっている.鳥類は三宅島の自然の重要な構成要素であり,島の観光資源としても注目されてきた.これら二つの環境要素への影響をみることにより,おおまかにではあるが現在の自然の現況を知ることができる.また,噴火の特徴を知り,噴火が人間社会に及ぼした影響を調べておくことは,生態系への影響や今後の災害復旧のあり方を考えるうえで不可欠である.

 空から三宅島を見おろすと,標高500 mから上の森林は木々がなぎ倒され,崩壊している.500 mより下では,下に行くほど森林が徐々に姿をとどめ,夏には緑の量が次第に増加している状態が認められる.標高100 m以下の都道周辺では,森林は噴火前とほとんど変わらず,緑が色濃く残っている.山腹でも,都道周辺でも,スギやヒノキなどの造林地の多くは,降灰や火山ガスなどの影響を受けて赤茶色に変わっている.
 地上を歩いてみると,標高300 mほどから下の森林では,木々が幹から直接葉を出している様子が見てとれる.この胴吹きが見られる木々の割合は,標高が低くなるほど高くなり,やがて普通に葉をつけた森林へと移行する.植生への影響の報文(上條隆志の項)では,こうした内容が紹介される.

 鳥の世界は,生活の場である森林の被害の状況に応じて変化している.
 標高400 m以上のところでは,鳥の姿を見ることはまれである.標高400 m付近から山を下ってくると,森林の緑の多さに応じて鳥の種数や個体数が増加する様子がみてとれる.都道沿いにある低地部分,たとえば島の南部にある大路(たいろ)池の森林では,噴火後最初に迎えた冬にはアカコッコ,ヤマガラ,カラスバトなど,島を代表する鳥の姿が目につかなかった.だが,春から夏にかけては,多くの鳥の密度が噴火前とほとんど変わらない程度にまで回復した.鳥への影響についての報文(加藤和弘・樋口広芳の項)では,以上のような事柄が詳述される.

 島の中では,噴火の爪痕(つめあと)がいたるところに認められる.それはもちろん,人間の生活領域にも及んでいる.家屋が建ち並ぶ区域に,大量の土砂が降下または流出している.家屋や神社の一部は土砂で埋まっている.道路は何カ所も決壊している.車の大部分は灰をかぶっている.
 噴火の特徴と人間社会への影響についての報文(濱田隆士の項)では,今回の噴火の特徴を1983年の噴火と比較することによって浮き彫りにし,同時に,大災害をもたらした今回の噴火が全島民の島外避難をはじめとして,島の人の実生活や精神生活にどう影響したかについて述べている.

 これらの報文に加えて,本特集ではトピックス的内容として,火山灰堆積中の微生物相の特徴(太田寛行の項),沼沢地の珪藻への影響(加藤和弘の項),両生・爬虫類の現状(長谷川雅美の項),噴火後の緑化の取組みのあり方(津村義彦・岩田洋佳の項)が紹介される.
 どれも三宅島の生態系が今後どうなっていくかを知り,考えるうえで重要な話題である.

 噴火は自然現象である.三宅島の自然は,これまで幾度もの噴火を経験し,その中で美しい森や湖を,またすばらしい鳥の世界をつくりだしてきた.今回の噴火−火山活動もいずれおさまり,自然はもとの姿に戻っていくだろう.
 私たち自然科学者に課せられた仕事は,残された自然の様相を静かに観察し,それが回復していく過程をたんねんに記録していくことだろう.それが,やがて戻る島の人たちの生活のあり方を考えるうえでも,大切なことであるにちがいない.

(ひぐち ひろよし,東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物多様性科学研究室)

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特集 II 地理情報システム:GIS −生態系保全への新しいアプローチ

特集にあたって(要約)

田中和博

 地球上の各地域においてさまざまな環境問題が存在しているが,有効な改善策が見いだせていないことも多い.今こうしている間にも環境が破壊されたり劣化したりしており,まさに待ったなしの状況である.従来の原因究明型の研究に加えて,問題解決型の研究が求められている.

 GIS(地理情報システム)は,時空間を解析することができるシステムであると同時にデータベースシステムでもある.バイオリージョンGISは,バイオリージョン(Bioregion 地域生命圏)のさまざまな環境問題をGISを応用して解析し,その結果を基に問題解決型の処方箋(せん)を提示することを目的としている.
 主な応用例としては,景観生態学に関する基礎的な解析,野生生物生息域の解析と保護区域を見直すためのギャップ分析,生物多様性の解析,生物回廊(コリドー)計画への応用,森林の機能評価と地域区分(ゾーニング)などがある.
 バイオリージョンGISは,プロアクティブな(Proactive=先行型の)生態系保全策を作成するための道具であると共に,地域の環境情報を利害関係者と共有するための手段でもあり,総合的な問題を多角的に解析することを可能にしてくれるシステムである.

(上記は要約記事です)

(たなか かずひろ,京都府立大学大学院 農学研究科 森林計画学研究室)

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