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【裳華房】 メールマガジン「Shokabo-News」連載コラム 
裳華房の“古書”探訪(4)

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池野成一郎 著『植物系統學』(初版 明治39年)

 今回は,植物学の体系的書籍として,明治39年(1906年)に(たぶん)日本で初めて著された池野成一郎著『植物系統學』をご紹介します.明治中期より多くの農学書を刊行してきた裳華房にとっても,いわゆる“理学”としての生物学書籍の先駆けとなった書籍です.

 著者の池野成一郎(いけのせいいちろう;1866〜1943)は,ソテツの精子を発見したことで大変に著名です(*1)
 明治29年(1896年)10月に平瀬作五郎がイチョウの精子発見を「植物学雑誌」に報告しましたが,その翌11月に,帝国大学農科大学(現在の東京大学農学部)で助教授の任にあった池野が,ソテツにも精子があることを同誌に報告.「植物学雑誌」の発行元である東京植物学会(後の日本植物学会)は,その約10年前に発足したばかりで,いまだ黎明ともいうべき時になされた両氏の発見は,世界的な反響を呼び,日本の科学界にも大きなインパクトを与えました.
 イチョウとソテツ精子発見の功績に対して,平瀬,池野の両氏に明治45年に学士院恩賜賞が授与されています(*2)

 その精子発見から10年後の明治39年に本書は刊行されました.この年から池野はドイツ,フランスに留学し,3年後に帰国して農科大学の教授に就任しています.いわば一番充実していただろう時代に執筆されたのが本書です.
 著者の“熱い”思いは,本書の「緒言」に強く表れているように感じられます.
 https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1906Ikeno-Plant/ikeno-intro.pdf

 たとえば,当時,真正菌としてまとめられていた群を,本書ではそれぞれ藻菌(管状菌;現在では認められていない),子嚢菌,担子菌の三群に独立して分類していますが,そのことを「緒言」で

  著者ガ現今ノ學術上最モ合理ナリト確信スル所ノモノニシテ、今後歐米ノ學者中ニモ必ズ此クノ如キ分類法ヲ使用スルモノアル可キ

と述べています.
 もちろん,まだDNAの概念も無い時代ですから,全体を通して,現在の分類・系統体系とは異なっている部分も多いでしょうが,当時の研究者に大きな影響を与え,その後の日本の植物学の発展に大きく貢献したのではないでしょうか.

 また,本書の特徴として,多数の図版が掲載されていますが,その多くは本書のために描き起こされた“原図”です.全形図はおもに田中貢一氏と横山慶次郎氏,顕微鏡図はおもに草野俊助氏によって描かれました.
 参考まで,増訂第六版よりソテツに関する図版を下記にアップしました.
 https://www.shokabo.co.jp/oldbooks/1906Ikeno-Plant/ikeno-fig.pdf

 大正3年(1914年)に刊行された増訂第二版では,版面を初版の縦組みから横組みにすると同時に,上巻・下巻に分冊し,また一般に知れわたっている種以外は原則として学名のみの表記としたり,重要なもの以外の参考文献を省略したりするなど,全面的に組み直しています.内容面では,汎論部の3章,4章を省き,遺伝や進化の章を大幅に改訂.
 増訂第三版(上:大正7年,下:大正11年発行)では,雑種の研究の進展による修正や,カラー図版の掲載等の増補が行われ,また,ローマ字運動の推進者であった著者らしく,索引がローマ字を主とする形に改められています(*3)
 第四版,第五版は,関東大震災(大正12年)の影響もあり,ほぼ第三版のまま発行されたようですが,昭和5年(1930年)発行の増訂第六版では,再び1冊にまとめ直し,参考文献の記載も復活させ,汎論部では遺伝と進化の章を書き改め,各論では嚢子菌と担子菌を中心に,緑藻,褐藻,紅藻などの記述を修正.
 記録の範囲では,著者の死後,昭和23年発行の増訂第七版が最終版のようです.

 本書の多くの版は,国立国会図書館のデジタルアーカイブによって公開されていますので,興味のある方は是非ご覧ください(六版,七版は館内閲覧のみ).

○初版(1906年)
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000008-I000081782-00

○増訂第二版(1914年) 上巻・下巻
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000008-I000454341-00
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000008-I000454342-00

○増訂第六版(1930年)
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000008-I000391470-00


[脚注]

 *1 現代音楽や映画音楽が好きな人には,映画「座頭市」シリーズなどの作曲家として知られる池野 成(1931〜2004)の祖父,といった方が通りがよいかも知れません.

 *2 初めは池野成一郎のみが推薦されたようですが,平瀬と一緒なら受けてもよい,と強く主張して両者の受賞が決まった,という話があります.

 *3 増訂第六版の「はしがき」によれば,本書全体を「厄介な漢字の使用を止め」てローマ字表記にしたいと思っていたようです.なお池野は,全編をローマ字で表記した“Zikken Idengaku”(實驗遺傳學)を1927年に日本ローマ字社より刊行しています.


『植物系統學』    池野成一郎 著/580頁/明治39年(1906年)10月発行/裳華房
【主要目次(初版)】
 汎論 第一章 植物ノ生殖/第二章 遺傅/第三章 授精(混雙作用)/第四章 變異/第五章(上) 生物進化論並ニ新種造成(上)/第五章(下) 生物進化論並ニ新種造成(下)/第六章 植物系統學
 各論 第一群 分裂植物/第二群 粘液菌(變形菌)/第三群 鞭毛蟲/第四群 接合植物/第五群 緑藻/第六群 車軸藻/第七群 褐藻/第八群 紅藻/第九群 藻菌(管状菌)/第十群 嚢子菌/第十一群 擔子菌/地衣/第十二群 苔蘚/第十三群 羊齒植物/裸子被子植物群總説/第十四群 裸子植物/第十五群 被子植物
 結論 植物界大群ノ系統/第一索引/和英佛獨對譯術語字彙/第二索引

 ※上記の目次中,一部の旧字体を新字体に置き換えています.

☆記述の誤りなど,お気づきの点がありましたら m-list@shokabo.co.jp まで御連絡ください.


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