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Web連載コラム「数学者的思考回路」タイトルボード


  第8回 バラバラ算  

大野 泰生    

 小学校で九九を習い始めたころ,配られた九九表を机の前に貼って眺めていた.憶えるために貼っているのだけれども,憶えることにはあまり集中できない.並んだ数字をぼんやりと眺めていた.

九九の表

 つまり勉強するという事柄はさぼりつつも,机の前には居ないとなんとなく雲行きが怪しくなるので,たっぷりの時間あれこれ想像しながら眺めていた.そうするうちに,表から感じることがいろいろと増えていったように思う.
 表で $0$ の現れるところが,十文字のゾーンに限られ,しかもひとつ飛ばしになっていること.表に $3$ 〜 $4$ 回登場する同じ数( $6$ , $8$ , $12$ など)を左から順に結んでいくと,なんとなく左上に膨らんだ曲線が引けて,曲線同士は交わらないこと.などなど.
 そんな中,最も下の「 $9$ の段」で不思議なことに気が付いた.そこに並んでいる数字はどれも,一の位と十の位の数を足すと $9$ になる.しかも一の位だけを左から順に眺めると $9$ $8$ $7$ $6$ $・・・$ ,十の位だけを順に眺めると $1$ $2$ $3$ $4$ $・・・$ となっている.そして, $9$ の段の数字をすべてくっつけると,

$9$ $1$ $8$ $2$ $7$ $3$ $6$ $4$ $5$ $5$ $4$ $6$ $3$ $7$ $2$ $8$ $1$

となり,先頭の $9$ を除けば左右対称になっている.いやむしろ,先頭の $9$ を「 $09$ 」と思うことにして,最後の $81$ の右隣に $9\times10$ の計算結果である「 $90$ 」を置けば,

$0$ $9$ $1$ $8$ $2$ $7$ $3$ $6$ $4$ $5$ $5$ $4$ $6$ $3$ $7$ $2$ $8$ $1$ $9$ $0$

となるではないか.完全に対称的である! 驚いて,すぐさまこの謎についてあれこれと考えたことだろうけれど,このときにどこまで納得のゆく理由を見つけられたのかは憶えていない.そもそも足し算と掛け算は“別の計算”というふうに学校で教わったばかりだったから,掛け算の表で,(しかも各桁をバラバラにして)足し算をすることは,何かやってはいけないことをやっているような気がして,うしろめたくも感じていたように思う.

◇   ◇   ◇

 そんな時期からしばらく経って何かの折に, $3$ の倍数の見分け方というものを教わった.各桁の数を足して $3$ で割り切れたら元の数も $3$ の倍数だ,というものだ.実際, $27165$ を例にとれば, $2+7+1+6+5=21$ となり, $21$ は $3$ の倍数だから, $27165$ も $3$ の倍数だと判るのだ. $9$ の倍数についても同様で,各桁の数を足して $9$ で割り切れたら元の数も $9$ の倍数だ,と習って,九九表を眺めていた遠い記憶がよみがえったものだった.(こんなことは $3$ の倍数と $9$ の倍数にしか起こらない,とも教わった気がする.)
イラスト  この判定法は, $3$ の倍数( $9$ の倍数)ではない場合でも, $3$ で割ると( $9$ で割ると)いくつ余るかをオマケとして答えてくれる.例えば $226$ は,各桁の和 $2+2+6$ が $10$ になり, $10$ は $3$ で割ると $1$ 余る.このことから, $226$ を $3$ で割った余りは $1$ だと判明する.つまり, $226-(2+2+6)$ は余りが打ち消されて $3$ の倍数になるのだ.
 こんなことは,本当に $3$ と $9$ にしか起こらないのだろうか.中学校に入ったころの私にとってこれは重大な疑問であった. $2$ の倍数は,一の位が偶数という特徴で簡単に見分けがつく. $4$ の倍数は,下二桁が $4$ の倍数であればよい. $5$ の倍数も,一の位が $5$ か $0$ であればよい. $5$ で割った余りも一の位から簡単にわかる. $6$ の倍数は, $2$ の倍数でも $3$ の倍数でもあるわけだから,それぞれで判定すれば見分けられる. $7$ の倍数はどうなのだろう. $8$ , $10$ は比較的簡単そうだけれど, $11$ だとどうなのだろう.
 九九表はすでに壁から取り外していたので,「 $7$ の段」を書き出してじっくり眺めることにした.とりあえず各桁の和を求めてみる.

$7$ の倍数 $7$ $14$ $21$ $28$ $35$ $42$ $49$ $56$ $63$ $70$
桁和 $7$ $5$ $3$ $10$ $8$ $6$ $13$ $11$ $9$ $7$
桁和の桁和 $7$ $5$ $3$ $1$ $8$ $6$ $4$ $2$ $9$ $7$

この表を見ると,桁和にある種のパターンがありそうなことはわかるけれども, $7$ で割り切れているのは最初と最後だけで,途中の桁和は割り切れないものばかり.余りが一致するものすらない.謎である.

◇   ◇   ◇

 そこで,九九表には載っていなかった $11$ の倍数を書き並べてみることにすると,これまた著しい特徴に気が付く.

$11, 22, 33, 44, 55, 66, 77, 88, 99$

ここまでの特徴は捉えやすい.続けると,

$110, 121, 132, 143, 154, ・・・$

となって,少し美しさを失っていく $・・・$ かのように見える.が,しかし,じっくり眺めていると気付くことがある.百の位と十の位の間に $+$ 記号を入れてみる,つまり百の位の数を下二桁の数に足してみると,
   $121$ → $1+21=22$ ,
   $132$ → $1+32=33$ ,
となるではないか.調子に乗って続けてみると,
  ($11\times13=$)$143$ → $1+43=44$ ,
      :
  ($11\times19=$)$209$ → $2+09=11$  (@ o @)!!
なんと!足し算で繰り上がりが起こってもなお $11$ の倍数である.
 でたらめに大きな数の例を挙げてみると,
  ($11\times4285=$)$47135$ → $4+71+35=110$ → $1+10=11$ ,
そして,
  ($11\times314159=$)$3455749$ → $3+45+57+49=154$ → $1+54=55$ .
二桁ずつ区切って足す,という操作が有効なのだ.そしてこの操作でもやはり,余りは保存される.つまり, $11$ で割った余りが $r$ の数でスタートしたとすると,この操作を繰り返して最終的に得た数を $11$ で割った余りは $r$ になるのだ.こうして, $11$ の倍数は「二桁ずつ区切って足す」ことで判定できることになる.

 ちなみに,これらの事実にしたがえば,自然数にある種の桁の並べ替えを行っても, $11$ (あるいは $3$ , $9$ )で割った余りが変わらないことになる.例えば, $1$ , $2$ , $3$ , $4$ をどのように並べ替えて四桁の自然数を作ったとしても,その数は $9$ で割ると $1$ 余ることになる.また, $1234$ と $3412$ は,どちらも $11$ で割ると $2$ 余る自然数なのである.

◇   ◇   ◇

 さて,こういった判定法の正しさはどうやって確認できるのだろう.ここでは $11$ の倍数の判定法を例にとって考えてみよう.
 判定したい自然数,例えば $12320$ を,一の位から二桁ごとに区切ることで,

$12320=1\times10^4+23\times10^2+20$

と書くことができる.
 ところで,

$10^4-1=10000-1=9999=909\times11$

となって, $10^4-1$ は $11$ の倍数であることがわかる.同様に, $10^2-1$ も $11$ の倍数であることがわかる.したがって,

$12320-(1+23+20)=1(10^4-1)+23(10^2-1)$

は $11$ の倍数なのである.つまり, $12320$ を $11$ で割ったときの余りと, $1+23+20$ を $11$ で割ったときの余りは一致するのだ.
  $10$ の偶数乗から $1$ を引くと $11$ の倍数になる,という事実から,何桁の自然数に対しても同様のことが成立するのである.

◇   ◇   ◇

 では,謎のままになっている $7$ の倍数に戻ってみよう. $7$ の倍数と $10$ のべき乗とは,あまり頻繁にニアミスを起こさないようだが, $7\times14=98$ は $100$ と $2$ 異なる.これを使えないだろうか.
 実は,自然数 $12320$ をさきほどのように,一の位から二桁ごとに区切ることで,

$12320=1\times10^4+23\times10^2+20$

としたとき,

$1\times2^2+23\times2+20=70$

が, $7$ の倍数判定に使える.つまり,この $70$ という数は $7$ の倍数だから, $12320$ は $7$ の倍数である.
 同様に, $1010100$ を例にとると,

$1\times2^3+1\times2^2+1\times2+0=14$

だから, $1010100$ は $7$ の倍数である.

 それでは,さきほどの $11$ の倍数判定法をまねて, $3$ , $7$ , $9$ の倍数判定法について証明を考えてみてもらいたい.うまく示せるだろうか.

◇   ◇   ◇

 今回は,桁の和,つまり桁を区切って足し算することで作られる自然数を用いて,倍数判定を行った.実は,場合によっては引き算をうまく使うと,もう少し判定作業が楽になることがある.例えば $11$ の倍数では, $10$ の偶数乗の位の数を足して $10$ の奇数乗の位の数を引くこと(交代和)で得られる整数によって,類似の判定ができる. $7$ の倍数では,一の位から三桁ごとに区切った自然数による交代和で得られる整数によっても, $7$ の倍数判定ができるのだ.

◇   ◇   ◇


 さて,上の「$7$ の段」の表で桁和を重ねて取る操作を見たが,他の段についても同様に桁和を重ねて取ってみていただきたい.桁和が一桁になるまで繰り返すのだ.その結果得られる一桁の数の並びはどのような特徴を持っているだろうか.数の並びを眺めながらあれこれ想像していただきたいと思う.

 ところで先日,著名なミュージシャンが『6×9=53』(ろっくごじゅうさん)というアルバムを出した.左辺は明らかに $9$ の倍数だが,右辺の桁の和は $5+3=8$ であるから,(なんてことを調べるまでもなく)この計算は誤りである. $・・・$ などと,ミュージシャンのおふざけに無粋なツッコミを入れつつ,今回のコラムは締めくくることとしたい.

(2016/4/6掲載) 
(イラスト:マエカワアキオ) 


次回(第9回)は連休の関係で5月11日(第2水曜日)に掲載いたします.どうぞお楽しみに!

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「数学者的思考回路」 Copyright(c) 大野泰生,2016

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執筆者紹介

大野 泰生
おおの やすお 
1969年生まれ.東北大学大学院理学研究科数学専攻教授. 専門は整数論,多重ゼータ値など.趣味は美味しいものを探すこと. 一般向け著書に『白熱! 無差別級数学バトル』(共編,日本評論社)がある.

谷口 隆
たにぐち たかし 
1977年生まれ.神戸大学大学院理学研究科数学専攻准教授. 専門は整数論,概均質ベクトル空間.趣味は中国茶. ブログ「びっくり数学島」でも数学について綴っている.




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